化学業界と石油業界はいずれも石油化学分野に関わる産業ですが、研究開発の方向性や技術領域には違いがあります。
これらの違いを十分に理解しないままでは自分に合った業界選択や志望動機の整理が難しくなる可能性があります。
一般に、化学メーカーは機能性材料や高付加価値製品の開発を強みとする一方、石油メーカーは原油の精製や分解といった大規模プロセス技術を基盤としています。
このように、同じ石油化学分野でも研究開発の対象やアプローチが異なります。
本記事では、特許情報をもとに化学業界と石油業界を対象として、研究開発職の特徴や技術領域の共通点・相違点を比較分析しました。
業界ごとの違いを整理し、自分の専門がどの分野に適しているのかを検討するための参考情報として活用できます。
結論(一部)は以下の通りです。
| 業界共通的な専門分野 | 化学業界が重視 | 石油業界が重視 | |
| 専門分野の例 | ・有機化学(合成) ・材料工学(電池) |
・高分子化学(樹脂、フィルム) ・精密有機合成(農薬、電子材料) |
・石油化学(精製、触媒) ・エネルギー工学(水素、燃料) |
| 業務内容の例 | ・次世代電池材料(EV向け) ・カーボンニュートラル対応 |
・高機能樹脂、プラスチックの開発 ・ディスプレイ/半導体用素材 |
・高性能潤滑油、燃料の開発 ・水素製造、供給、貯蔵技術 |
高分子、有機合成、材料工学などの専門性に基づきプラスチックや電子材料、農薬など多種多様な機能素材を合成・開発(新しい機能を創出)する化学業界、化学工学、エネルギー工学、触媒などの専門性に基づき潤滑油や水素、次世代燃料といった特定の基盤エネルギーや素材を精製・高度化(特定資源の価値を最大化)する石油業界というイメージになります。
1.対象とする業界と企業
過去記事における以下の業界と企業(ある程度、特許出願件数が多い企業)を対象にしました。いずれも過去記事と同一条件の出願人です。
三菱ケミカル、住友化学、三井化学、信越化学工業
・石油業界(過去記事:石油業界)
ENEOS、出光興産
2.一般的情報の限界
一般的に公開されている情報では、各業界や企業の主要製品はわかっても、その裏側の研究開発の相違は見えてきません。
特に業界であつかう製品などが類似する場合、表面的な事業内容の差だけで判断すると、実際の研究開発内容や求められる専門性が想像と大きく乖離してしまうリスクがあります。
3.特許分析の意義
特許情報は企業の開発に関する客観的なエビデンスです。
本記事では、特許情報を活用し、対象業界を横並びに比較し、研究開発における共通点や相違点を可視化し、専門性が発揮されるフィールドを判断する材料を提示します。
4.特許分析方法
・2014年から2023年までに特許出願された情報を対象範囲にしました。
・上記特許出願された情報から特許分類(FI:筆頭FI)(※)を抽出しました。
※FIとは技術内容を分類するコードであり、その中で筆頭FIとは、リストの一番最初に記載れているものです。発明の最も本質的な技術特徴が筆頭FIです。
・上記筆頭FIを目印にして各業界、各企業の発明の技術分野の特徴を分析しています。
5.注意点
・過去記事における対象範囲とズレが生じていることがあります。
・各業界からピックアップした企業の特許情報に基づきます。
・分析結果は業界内の全ての企業にあてはまるものではありません。
・分社化などによる別法人での特許出願は反映されていません。
・本分析はあくまで特許情報を活用した想定であり、実態と乖離している場合が多々あると考えられます。
6.結果
6.1 各社の特許出願状況の比較
各社の特許出願状況(横軸:出願年、縦軸:出願件数)は以下の通りです。

上図は出願件数に関する全体像をとらえるための情報であり、あまり深い意味はありません。
6.2 技術の分散・集中度の比較
各社の特許出願からHHIという指標の逆数(実質的な技術的機軸数(逆数HHI))を用いて、何本の太い技術の柱を持っているか、を算出しました。
各社の技術ポートフォリオの分散・集中度をあらわす逆数HHIの推移は以下の通りです。縦軸値が大きいほど技術分野が分散しており、逆に小さいほど技術分野が集中していることを意味します。
(一般的なHHI(集中度)とは異なり本分析の分散度(逆数HHI)は、数値が大きいほど技術分野が多角化(分散)しており、小さいほど特定の技術に資源を集中していることを意味します。)

上図の縦軸値からイメージされる組織構造を下表(表1)に示しています。
表1を踏まえて上図を見ると、いずれの企業も主たる事業に開発資源を集中していることが読み取れます。
<表1> 逆数HHIに基づく組織類型とキャリア環境イメージ
| 数値 | 組織構造 | キャリア・開発環境のイメージ |
| 50超 | 広域分散型 | 非常に幅広い技術分野に人員を分散配置している状態。専門外の領域に触れる機会が多く、特定の技術に固執しない汎用的な動きが求められる環境。 |
| 30 ~ 50 | 多分野並行型 | 複数の独立した技術部門が並立している状態。社内には多様な専門性を持つ集団が混在しており、異動などを通じて複数の技術基盤を経験できる可能性がある。 |
| 21 ~ 29 | 基盤・周辺展開型 | 主力技術を維持しつつ関連分野への展開も並行している状態。特定分野の習熟とその知見を活かした周辺領域への応用開発の両面を経験できる環境。 |
| 10 ~ 20 | 特定領域重点型 | 収益の柱となる主要部門に人員を集中させている状態。個々の開発成果が事業利益に直結しやすく担当技術の事業上の位置付けが明確な環境。 |
| 10未満 | 専門領域特化型 | 限定された特定の技術領域に多くの人員を投入している状態。他分野への目移りをせず限られた専門領域を突き詰めることが求められる環境。 |
上図に表1をあてはめると次のようになります。

多少の差がありますが、全体としては開発領域の集中度が高い特化型に位置しています。
この前提を踏まえて、共通点と相違点を分析していきます。
6.3 各社の技術分野トップ10と研究開発の共通点、相違点の分析
以下、各社の技術分野(筆頭FI)とその割合(その企業におけるその技術分野の出願の割合)トップ10を示します(下表)。各社がどの技術分野にリソースの多くを投入しているかわかります。
割合が大きいほど、各企業にとって鉄板の技術分野だと言えます。
FIコード照会(特許情報プラットフォーム):j-platpat
<表2> 各社のFIトップ10と割合
| 三菱ケミカル | 住友化学 | 三井化学 | 信越化学工業 | ENEOS | 出光興産 | ||||||
| C08L | 11.2% | G02B | 18% | C08L | 19% | C08L | 19% | C10M | 23% | C10M | 21% |
| B32B | 10.2% | G03F | 8% | C08F | 9.4% | G03F | 13% | C07C | 6.0% | H05B | 10% |
| C08G | 7.2% | H01M | 6.6% | C08G | 8.2% | C08G | 8.6% | C01B | 5.3% | C08L | 8.0% |
| C08F | 6.6% | C07D | 6.1% | B32B | 6.4% | H01L | 6.8% | C08G | 4.7% | C07D | 7.2% |
| C08J | 6.4% | C08L | 6.0% | H01M | 5.0% | C08F | 4.8% | B01J | 4.6% | H01L | 5.5% |
| C09J | 4.7% | C07C | 5.4% | B29C | 3.9% | C07F | 4.6% | G02B | 3.8% | C08G | 4.8% |
| H01M | 3.9% | C08F | 5.3% | C07C | 3.5% | H01M | 3.6% | C08L | 3.5% | H01B | 4.1% |
| C07C | 3.9% | H05B | 5.0% | C08J | 3.4% | C07C | 3.4% | C10G | 3.1% | C07C | 3.7% |
| G02B | 3.2% | A01N | 4.1% | B65D | 2.4% | C09J | 2.5% | H01M | 3.0% | C10L | 3.1% |
| B29C | 3.2% | H01L | 4.0% | G03F | 1.8% | C01B | 2.4% | F17C | 2.4% | H01M | 2.7% |
次に、表2からわかる特徴を解説します(6.3.1~6.3.3)。
6.3.1 化学業界の共通点と相違点:三菱ケミカル、住友化学、三井化学、信越化学工業
■共通点(高分子という基盤)
4社すべてにおいて、C08系(高分子化合物)が高い割合を占めています。
・高分子の組成と加工(C08L, C08G, C08F)
いずれの企業においても、プラスチックやゴムなどの樹脂材料がコアとなっている点で共通します。
・電池材料への進出(H01M)
4社すべてで電池関連のコードが入っており、自動車の電動化(EV)に向けた素材開発が共通課題であることがうかがえます。
■相違点(出口の違い)
・三菱ケミカル
B32B(積層製品)が2位、C09J(接着剤)がランクインしており、単なる材料開発にとどまらず、それらを重ね合わせたり貼り合わせたりして製品に近い形にする複合材料、多層フィルムへの注力がうかがえます。
・住友化学
G02B(光学素子)が1位、A01N(殺虫剤・除草剤)がランクインしており、液晶ディスプレイ用部材(偏光板など)や農薬といった全く別の柱があり、有機合成への注力がうかがえます。
・三井化学
C08LとC08F(ポリオレフィン系)が強く、また、B65D(包装容器)が見られ、車のバンパーなどの樹脂部材や食品パッケージ用の高機能フィルムなど形あるプラスチック製品への展開がうかがえます。
・信越化学工業
G03F(微細加工用露光)、H01L(半導体装置)、C01B(ケイ素化合物)など、汎用樹脂ではなく、シリコンウエハやレジストなど半導体プロセスに不可欠な超高純度材料への注力がうかがえます。
各企業の発明に関する詳細分析記事:化学業界(1)、化学業界(2)
6.3.2 石油業界の共通点と相違点:ENEOS、出光興産
■共通点(潤滑油とベース技術)
両社ともに圧倒的な1位はC10M(潤滑剤・潤滑油)です。
・潤滑油
燃料油だけでなく、エンジンオイルや産業用機械に使われる潤滑油の研究開発が両社の共通基盤としてうかがえます。
・基礎化学品(C07C)
原油を精製して得られるエチレンやベンゼンなどの基礎的な有機化合物への注力も共通しています。
・次世代エネルギー(H01M)
電池材料のコードであり、全固体電池など脱炭素社会を見据えた取組みがうかがえます。
■相違点(水素のENEOS、有機ELの出光)
・ENEOS
C01B(水素・非金属要素)、B01J(触媒)、F17C(ガス貯蔵容器)から、石油の次を見据えた水素エネルギー関連の技術(貯蔵・輸送・触媒)が特徴的です。また、JX金属を傘下に持つ背景もあり、光学系(G02B)など多角的なアプローチもうかがえます。
・出光興産
H05B(放電灯・電熱)、H01L(半導体)、H01B(導電材料)から有機EL材料に関連する技術が特徴的です(H05Bは有機ELの駆動、C07Dは発光材料に繋がる)。石油精製で培った芳香族化合物に関する知見のハイテク電子材料への応用がうかがえます。
各企業の発明に関する詳細分析記事:石油業界
6.3.3 化学、石油2業界の共通点と相違点
■共通点(石油化学のバリューチェーン)
・基礎マテリアルの創出(C07C, C08L)
原油からエチレンなどの基礎化学品を作り(C07C)、それを樹脂(C08L)へと繋げる流れは両業界で共通します。
・次世代電池へのシフト(H01M)
両業界の全社でランクインしており、カーボンニュートラル対応として、従来の燃料から蓄電素材への転換がうかがえます。
■相違点(合成の化学、精製の石油)
・化学業界
C08系(高分子・樹脂)が軸となり、光学、農薬、半導体など応用範囲は多様です。
液晶フィルムやスマホ部材などの市場向け、多品種で機能重視の開発が推測されます。
・石油業界
C10M(潤滑油・燃料)が軸となります。油の性能を高め、潤滑、水素、有機ELなどへの展開をおこなっており、化学業界と比べ、少品種、プロセス重視であることが推測されます。
以上、統計的な情報から業界間の共通点、相違点が見えてきました。
6.3.4 化学業界と石油業界の2業界の共通点と相違点(まとめ)
上記情報を鑑みつつ、各業界の研究開発職の共通点・相違点のうち、優先度が高いと考えられるものをまとめました。
あくまで一例です。
<表3> 推測される研究開発職の共通点・相違点の一例
| 業界共通的な専門分野 | 化学業界が重視 | 石油業界が重視 | |
| 専門分野の例 | ・有機化学(合成) ・材料工学(電池) |
・高分子化学(樹脂、フィルム) ・精密有機合成(農薬、電子材料) |
・石油化学(精製、触媒) ・エネルギー工学(水素、燃料) |
| 業務内容の例 | ・次世代電池材料(EV向け) ・カーボンニュートラル対応 |
・高機能樹脂、プラスチックの開発 ・ディスプレイ/半導体用素材 |
・高性能潤滑油、燃料の開発 ・水素製造、供給、貯蔵技術 |
| 特徴的なFI | ・H01M(二次電池) ・C07C(低分子化合物) |
・C08L/G/F(高分子、樹脂) ・G02B(光学要素、フィルム) |
・C10M(潤滑剤、潤滑油) ・C01B(水素、非金属要素) |
7.最後に
本記事では10年間の特許情報から化学、石油分野の技術ポートフォリオと研究開発職の相違を分析しました。
これらの相違は、エンジニアのキャリアを左右する重要事項になるかもしれません。
本記事を通して化学、石油分野における各業界の内側を想像する一助となれば幸いです。
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<出典、参考>
・特許情報プラットフォーム(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)にて公開されている情報
・会社四季報 業界地図2024年、2025年、2026年版 東洋経済新報社
<留意事項>
・本記事は、弁理士である管理人の視点で特許情報を独自に分析したものです。
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