印刷業界と複写機(複合機)業界は、いずれも画像や文字を出力する技術を基盤としていますが、研究開発の方向性や技術領域には大きな違いがあります。
その違いを十分に理解しないままでは自分に合った業界選択や志望動機の整理が難しくなる可能性があります。
一方で、これらの業界は外から見ると似ている部分も多く、どのような技術を強みとしているのか、どのような専門分野が求められるのかを比較して把握することは容易ではありません。
本記事では、特許情報をもとに印刷業界と複写機業界を対象として、研究開発職の特徴や技術領域の共通点・相違点を比較分析しました。
業界ごとの違いを整理し、自分の専門がどの分野に適しているのかを検討するための参考情報として活用できます。
結論(一部)は以下の通りです。
推測される研究開発職の共通点・相違点の一例
| 業界共通的な専門分野 | 印刷業界が重視 | 複写機業界が重視 | |
| 専門分野の例 | ・情報工学(データ処理) ・光学(レンズ、露光) |
・化学工学(インク、接着剤) ・材料工学(フィルム、包材) |
・機械工学(搬送、機構制御) ・電気電子工学(画像形成) |
| 業務内容の例 | ・デジタル画像処理技術 ・ネットワーク通信、管理 |
・高機能パッケージの構造開発 ・ディスプレイ/半導体用部材 |
・電子写真、インクジェット開発 ・オフィスのDXソリューション |
化学や材料などの専門性に基づき新しい素材をつくる印刷業界、機械や情報などの専門性に基づき製品システムをつくる複写機業界というイメージです。
1.対象とする業界と企業
過去記事における以下の業界と企業(ある程度、特許出願件数が多い企業、比較に適した事業展開をおこなっている企業)を対象にしました。いずれも過去記事と同一条件の出願人です。
・印刷業界(過去記事:印刷業界)
大日本印刷(DNP)、TOPPAN
・複写機業界(過去記事:複合機業界)
リコー、セイコーエプソン、コニカミノルタ
2.一般的情報の限界
一般的に公開されている情報では、開発の全体像や個別の工程を体系的に把握することは困難です。
また、業界をまたいでどのような周辺企業が開発に関わっているのか、その実態を正確に捉えることも容易ではありません。
3.特許分析の意義
特許情報は企業が将来を見据えて投じた開発の成果であり、客観的なエビデンスです。
一般的な情報からは見えてこない開発の軌跡や注力分野を判断する有用な材料になります。
本記事では、このデータを活用し、研究開発現場に求められる専門性や企業の立ち位置を可視化します。
4.特許分析方法
・2014年から2023年までに特許出願された情報を対象範囲にしました。
・上記特許出願された情報から特許分類(FI:筆頭FI)(※)を抽出しました。
※FIとは技術内容を分類するコードであり、その中で筆頭FIとは、リストの一番最初に記載れているものです。発明の最も本質的な技術特徴が筆頭FIです。
・上記筆頭FIを目印にして各業界、各企業の発明の技術分野の特徴を分析しています。
5.注意点
・過去記事における対象範囲とズレが生じていることがあります。
・各業界からピックアップした企業の特許情報に基づきます。
・分析結果は業界内の全ての企業にあてはまるものではありません。
・分社化などによる別法人での特許出願は反映されていません。
・本分析はあくまで特許情報を活用した想定であり、実態と乖離している場合が多々あると考えられます。
6.結果
6.1 各社の特許出願状況の比較
各社の特許出願状況(横軸:出願年、縦軸:出願件数)は以下の通りです。

上図は出願件数に関する全体像をとらえるための情報であり、あまり深い意味はありません。
6.2 技術の分散・集中度の比較
各社の特許出願からHHIという指標の逆数(実質的な技術的機軸数(逆数HHI))を用いて、何本の太い技術の柱を持っているか、を算出しました。
各社の技術ポートフォリオの分散・集中度をあらわす逆数HHIの推移は以下の通りです。縦軸値が大きいほど技術分野が分散しており、逆に小さいほど技術分野が集中していることを意味します。
(一般的なHHI(集中度)とは異なり本分析の分散度(逆数HHI)は、数値が大きいほど技術分野が多角化(分散)しており、小さいほど特定の技術に資源を集中していることを意味します。)

上図の縦軸値からイメージされる組織構造を下表(表1)に示しています。
表1を踏まえて上図を見ると、いずれの企業も主たる事業に開発資源を集中していることが読み取れます。
<表1> 逆数HHIに基づく組織類型とキャリア環境イメージ
| 数値 | 組織構造 | キャリア・開発環境のイメージ |
| 50超 | 広域分散型 | 非常に幅広い技術分野に人員を分散配置している状態。専門外の領域に触れる機会が多く、特定の技術に固執しない汎用的な動きが求められる環境。 |
| 30 ~ 50 | 多分野並行型 | 複数の独立した技術部門が並立している状態。社内には多様な専門性を持つ集団が混在しており、異動などを通じて複数の技術基盤を経験できる可能性がある。 |
| 21 ~ 29 | 基盤・周辺展開型 | 主力技術を維持しつつ関連分野への展開も並行している状態。特定分野の習熟とその知見を活かした周辺領域への応用開発の両面を経験できる環境。 |
| 10 ~ 20 | 特定領域重点型 | 収益の柱となる主要部門に人員を集中させている状態。個々の開発成果が事業利益に直結しやすく担当技術の事業上の位置付けが明確な環境。 |
| 10未満 | 専門領域特化型 | 限定された特定の技術領域に多くの人員を投入している状態。他分野への目移りをせず限られた専門領域を突き詰めることが求められる環境。 |
上図に表1をあてはめると次のようになります。

いずれの業界も開発分野が特定領域に集中傾向にあることが見てとれます。
この前提を踏まえて、共通点と相違点を分析していきます。
6.3 各社の技術分野トップ10と研究開発の共通点、相違点の分析
以下、各社の技術分野(筆頭FI)とその割合(その企業におけるその技術分野の出願の割合)トップ10を示します(下表)。各社がどの技術分野にリソースの多くを投入しているかわかります。
割合が大きいほど、各企業にとって鉄板の技術分野だと言えます。
FIコード照会(特許情報プラットフォーム):j-platpat
<表2> 各社のFIトップ10と割合
| 大日本印刷 | TOPPAN | リコー | セイコーエプソン | コニカミノルタ | |||||
| B32B | 13.0% | B65D | 19% | G03G | 18% | B41J | 28% | G03G | 23% |
| B65D | 11.9% | B32B | 16% | G06F | 15% | H04N | 5.1% | B41J | 13% |
| G02B | 7.2% | G02B | 4.9% | B41J | 14% | G06F | 5.0% | G06F | 8.0% |
| H01L | 5.3% | H01M | 3.8% | H04N | 10% | G03B | 4.8% | H04N | 7.8% |
| G06F | 4.6% | H01L | 3.4% | B65H | 5.3% | B65H | 4.2% | A61B | 7.3% |
| H01M | 3.4% | G02F | 3.3% | G06Q | 3.1% | B25J | 3.7% | B65H | 5.7% |
| G06Q | 3.3% | G06Q | 3.3% | G02B | 2.5% | G09G | 3.0% | G02B | 5.4% |
| B41M | 3.0% | G06F | 2.8% | G06T | 2.1% | G02B | 2.9% | G01N | 2.9% |
| B29C | 2.8% | B41M | 2.7% | G03B | 2.1% | A61B | 2.7% | H05B | 2.9% |
| G02F | 2.3% | G06K | 2.5% | B29C | 2.0% | C09D | 2.5% | G06Q | 2.1% |
次に、表2からわかる特徴を解説します(6.3.1~6.3.3)。
6.3.1 印刷業界の共通点と相違点:大日本印刷、TOPPAN
■共通点
2社とも積層(ラミネート)やパッケージングが現在の研究開発の主軸となっていることがうかがえます。
・積層体(B32B)と容器・包装(B65D)
DNPはB32B(13.0%)とB65D(11.9%)、TOPPANはB65D(19%)とB32B(16%)がトップ2を占めています。
印刷におけるコーティングやラミネート技術をバリア性の高い食品パッケージや産業用フィルムに展開する開発側面が共通しています。
・エレクトロニクス(G02B, H01L, H01M)
G02B(光学要素:DNP 7.2%、TOPPAN 4.9%)、H01L(半導体:DNP 5.3%、TOPPAN 3.4%)、H01M(電池:DNP 3.4%、TOPPAN 3.8%) とエレクトロニクス関連のコードが上位に並びます。
ディスプレイ用光学フィルムや半導体用部材、二次電池用外装材などの成長産業向けの部材開発が共通の注力分野だと言えそうです。
■相違点
データ上、共通分野への注力度に多少の違いが見られます。
・大日本印刷
G02B(光学要素:7.2%) や H01L(半導体:5.3%)の比率がTOPPANより高く、エレクトロニクス向けの精密部材、デバイスの開発分野に注力していることがうかがえます。
・TOPPAN
B65D(容器・包装)が19%と筆頭にきており、DNP以上に包材・パッケージの開発分野に注力していることがうかがえます。
各企業の発明に関する詳細分析記事:印刷業界
6.3.2 複写機業界の共通点と相違点:リコー、セイコーエプソン、コニカミノルタ
■共通点
画像形成技術とそれを制御する情報処理技術が研究開発の両輪になっていることがうかがえます。
・画像出力技術(G03G, B41J)
電子写真技術(G03G)に強みを持つリコー(1位:18%)とコニカミノルタ(1位:23%)、インクジェット技術(B41J)を主力とするセイコーエプソン(1位:28%)と出力方式に違いはあれど、画像を紙や媒体に定着させる技術開発が全社共通の筆頭分野です。
・デジタル情報処理(G06F)と画像通信(H04N)
すべての社でG06F(情報処理:5.0%〜15%)と H04N(画像通信:5.1%〜10%)が上位にランクインしています。
コピー機の開発というより、ネットワークに繋がりIT拠点の開発環境がうかがえます。
・光学技術(G02B, G03B)
レンズや露光に関わる光学技術も共通してランクインしており、精密な光の制御が技術基盤であることが推測されます。
■相違点
画像技術をどこに応用するかという出口で相違が見られます。
・リコー
G06F(情報処理:15%)の比率が他社より顕著に高く、ハードウェアだけでなくソフトウェアなどオフィスのデジタル化に関わる開発環境が推測されます。
・セイコーエプソン
B41J(インクジェット:28%)への集中度が高く、また、B25J(ロボット:3.7%)などと組み合わせた領域への展開などが推測されます。
・コニカミノルタ
上位にA61B(診断・外科:7.3%)やG01N(試験・検査:2.9%)がランクインしています。画像処理技術をオフィスの外(医療用X線画像や産業用計測など)に展開させる開発環境がうかがえます。
各企業の発明に関する詳細分析記事:複合機業界
6.3.3 印刷業界と複写機業界の2業界の共通点と相違点
■共通点
・デジタル情報処理(G06F)と画像通信(H04N)
印刷業界(DNP 4.6%、TOPPAN 2.8%)と複写機業界(リコー 15%、エプソン 5.0%、コニカミノルタ 8.0%)の全社において、デジタル計算機技術が上位にあります。
画像をデジタルデータとして処理し、ネットワークを介して伝送・管理する技術は、両業界に共通する開発領域だと言えそうです。
・光学技術(G02B)
光の制御に関わる光学要素(G02B)が両業界でランクインしており(DNP 7.2%、コニカミノルタ 5.4%など)、精密な画像生成に伴う光学的な領域の開発が共通していることが見てとれます。
■相違点(化学・素材の印刷 vs システム・メカの複写機)
研究開発の重心が、媒体(膜・包材)そのものにあるか、画像を生成する機械システムにあるかが決定的な違いだと言えそうです。
・印刷業界
積層体(B32B:TOPPAN 16%)や容器・包装(B65D:DNP 11.9%)が上位の筆頭であり、複写機業界には見られない特徴です。
インク、フィルム、接着剤といった物質(化学)に関する開発色が濃いと推測されます
・複写機業界
電子写真(G03G:コニカミノルタ 23%)やインクジェット(B41J:エプソン 28%)といった出力技術のシェアが大きいです
紙を送る搬送技術(B65H)やスキャン・プリントを制御するシステム全体の構築が開発環境の主分野であることがうかがえます。
以上、統計的な情報からは業界間の共通点、相違点が見えてきました。
6.3.4 印刷業界と複写機業界の2業界の共通点と相違点(まとめ)
上記情報を鑑みつつ、各業界の研究開発職の共通点・相違点のうち、優先度が高いと考えられるものをまとめました。
あくまで一例です。
<表3> 推測される研究開発職の共通点・相違点の一例
| 業界共通的な専門分野 | 印刷業界が重視 | 複写機業界が重視 | |
| 専門分野の例 | ・情報工学(データ処理) ・光学(レンズ、露光) |
・化学工学(インク、接着剤) ・材料工学(フィルム、包材) |
・機械工学(搬送、機構制御) ・電気電子工学(画像形成) |
| 業務内容の例 | ・デジタル画像処理技術 ・ネットワーク通信、管理 |
・高機能パッケージの構造開発 ・ディスプレイ/半導体用部材 |
・電子写真、インクジェット開発 ・オフィスのDXソリューション |
| 特徴的なFI | ・G06F(情報処理) ・G02B(光学要素) |
・B32B(積層体) ・B65D(容器、包装) |
・G03G(電子写真) ・B41J(インクジェット) |
7.最後に
本記事では10年間の特許情報から印刷業界と複写機業界の技術ポートフォリオと研究開発職の相違を分析しました。
これらの相違は、エンジニアのキャリアを左右する重要事項になるかもしれません。
本記事を通して印刷に関わる分野における各業界の内側を想像する一助となれば幸いです。
8.次に何をすべきか迷っている方へ
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<出典、参考>
・特許情報プラットフォーム(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)にて公開されている情報
・会社四季報 業界地図2024年、2025年、2026年版 東洋経済新報社
<留意事項>
・本記事は、弁理士である管理人の視点で特許情報を独自に分析したものです。
・本サイトでは、特許情報を正確かつ最新の状態でお伝えするよう努めていますが、情報の完全性を保証するものではありません。
・特許情報のご活用や解釈は読者ご自身の責任でお願いいたします。
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