半導体業界は近年注目度が高く、研究開発職を志望する理系人材にとって有力な就職・転職先の一つとなっています。
一方、半導体メーカーと半導体製造装置メーカーでは事業内容だけでなく、研究開発の技術領域や求められる専門分野にも違いがあります。
これらの違いを十分に理解しないままでは自分に合った業界選択や志望動機の整理が難しくなる可能性があります。
また、半導体業界はサプライチェーンが広く、材料・装置・デバイスといった複数の領域が関係しているため、どの企業がどの技術分野を担っているのかを体系的に把握することは容易ではありません。
本記事では、特許情報をもとに半導体メーカーと半導体製造装置メーカーの2分野を対象として、研究開発職の特徴や技術領域の共通点・相違点を比較分析しました。
業界ごとの違いを整理し、自分の専門がどの分野に適しているのかを検討するための参考情報として活用できます。
結論(一部)は以下の通りです。
推測される研究開発職の共通点・相違点の一例
| 業界共通的な専門分野 | 半導体製造装置業界が重視 | 半導体業界が重視 | |
| 専門分野の例 | ・物理学(微細加工) ・材料工学(電子材料) |
・機械工学(精密機構) ・化学工学(成膜・洗浄) |
・電子工学(回路設計) ・情報工学(ロジック、通信) |
| 業務内容の例 | ・微細化プロセスの開発 ・歩留まり改善、品質改善 |
・精密加工装置の設計、開発 ・物理、化学的な処理プロセス |
・LSI/メモリの回路、構造設計 ・アルゴリズム、制御ソフト開発 |
物理、機械、化学などの専門性に基づきナノレベルの加工を実現する精密な装置をつくる製造装置業界、電気、電子、情報などの専門性に基づきチップ内部の高度な回路・機能(ソフト・設計)を構築する半導体業界というイメージになります。
1.対象とする業界と企業
過去記事における以下の業界と企業(ある程度、特許出願件数が多い企業)を対象にしました。いずれも過去記事と同一条件の出願人です。
・半導体製造装置業界(過去記事:半導体製造装置業界)
東京エレクトロン、SCREEN、ディスコ
・半導体業界(過去記事:半導体業界(2)、半導体業界(3))
ルネサスエレクトロニクス、キオクシア、クアルコム(※)
※ TSMCとかエヌビディアあたりを取りあげようかと思いましたが、日本への出願件数が少なく、また、技術分野の広がりがなさすぎたので件数が多いクアルコムにしました。
2.一般的情報の限界
一般的に公開されている情報では、各業界や企業の主要製品はわかっても、その裏側の研究開発の相違は見えてきません。
特に業界であつかう製品などが類似する場合、表面的な事業内容の差だけで判断すると、実際の研究開発内容や求められる専門性が想像と大きく乖離してしまうリスクがあります。
3.特許分析の意義
特許情報は企業の開発に関する客観的なエビデンスです。
本記事では、特許情報を活用し、対象業界を横並びに比較し、研究開発における共通点や相違点を可視化し、専門性が発揮されるフィールドを判断する材料を提示します。
4.特許分析方法
・2014年から2023年までに特許出願された情報を対象範囲にしました。
・上記特許出願された情報から特許分類(FI:筆頭FI)(※)を抽出しました。
※FIとは技術内容を分類するコードであり、その中で筆頭FIとは、リストの一番最初に記載れているものです。発明の最も本質的な技術特徴が筆頭FIです。
・上記筆頭FIを目印にして各業界、各企業の発明の技術分野の特徴を分析しています。
5.注意点
・過去記事における対象範囲とズレが生じていることがあります。
・各業界からピックアップした企業の特許情報に基づきます。
・分析結果は業界内の全ての企業にあてはまるものではありません。
・分社化などによる別法人での特許出願は反映されていません。
・本分析はあくまで特許情報を活用した想定であり、実態と乖離している場合が多々あると考えられます。
6.結果
6.1 各社の特許出願状況の比較
各社の特許出願状況(横軸:出願年、縦軸:出願件数)は以下の通りです。

上図は出願件数に関する全体像をとらえるための情報であり、あまり深い意味はありません。
6.2 技術の分散・集中度の比較
各社の特許出願からHHIという指標の逆数(実質的な技術的機軸数(逆数HHI))を用いて、何本の太い技術の柱を持っているか、を算出しました。
各社の技術ポートフォリオの分散・集中度をあらわす逆数HHIの推移は以下の通りです。縦軸値が大きいほど技術分野が分散しており、逆に小さいほど技術分野が集中していることを意味します。
(一般的なHHI(集中度)とは異なり本分析の分散度(逆数HHI)は、数値が大きいほど技術分野が多角化(分散)しており、小さいほど特定の技術に資源を集中していることを意味します。)

上図の縦軸値からイメージされる組織構造を下表(表1)に示しています。
表1を踏まえて上図を見ると、いずれの企業も主たる事業に開発資源を集中していることが読み取れます。
<表1> 逆数HHIに基づく組織類型とキャリア環境イメージ
| 数値 | 組織構造 | キャリア・開発環境のイメージ |
| 50超 | 広域分散型 | 非常に幅広い技術分野に人員を分散配置している状態。専門外の領域に触れる機会が多く、特定の技術に固執しない汎用的な動きが求められる環境。 |
| 30 ~ 50 | 多分野並行型 | 複数の独立した技術部門が並立している状態。社内には多様な専門性を持つ集団が混在しており、異動などを通じて複数の技術基盤を経験できる可能性がある。 |
| 21 ~ 29 | 基盤・周辺展開型 | 主力技術を維持しつつ関連分野への展開も並行している状態。特定分野の習熟とその知見を活かした周辺領域への応用開発の両面を経験できる環境。 |
| 10 ~ 20 | 特定領域重点型 | 収益の柱となる主要部門に人員を集中させている状態。個々の開発成果が事業利益に直結しやすく担当技術の事業上の位置付けが明確な環境。 |
| 10未満 | 専門領域特化型 | 限定された特定の技術領域に多くの人員を投入している状態。他分野への目移りをせず限られた専門領域を突き詰めることが求められる環境。 |
上図に表1をあてはめると次のようになります。

半導体製造装置メーカー、半導体メーカーのいずれも開発領域が集中していることがわかります。
この前提を踏まえて、共通点と相違点を分析していきます。
6.3 各社の技術分野トップ10と研究開発の共通点、相違点の分析
以下、各社の技術分野(筆頭FI)とその割合(その企業におけるその技術分野の出願の割合)トップ10を示します(下表)。各社がどの技術分野にリソースの多くを投入しているかわかります。
割合が大きいほど、各企業にとって鉄板の技術分野だと言えます。
FIコード照会(特許情報プラットフォーム):j-platpat
<表2> 各社のFIトップ10と割合
| 東京エレクトロン | SCREEN | ディスコ | ルネサスエレクトロニクス | キオクシア | クアルコム | ||||||
| H01L | 72% | H01L | 52% | H01L | 55% | H01L | 50% | H01L | 48% | H04W | 36% |
| C23C | 9.4% | B41J | 8.3% | B24B | 22% | G06F | 13% | G06F | 18% | G06F | 16% |
| H05H | 6.1% | G01N | 5.5% | B23K | 5.0% | G11C | 5.7% | G11C | 17% | H04L | 8.7% |
| G03F | 1.9% | G03F | 3.7% | B23Q | 3.9% | G01R | 3.0% | H10B | 3.3% | H04N | 7.1% |
| B05C | 1.2% | B05C | 3.1% | B24D | 1.9% | H03K | 2.8% | G03F | 1.6% | H01L | 6.7% |
| B24B | 0.9% | G06T | 1.9% | G01N | 1.0% | H04L | 2.7% | H04L | 1.4% | H04B | 3.0% |
| G01N | 0.8% | A61J | 1.6% | G01B | 1.0% | H04N | 2.6% | H03M | 1.2% | G06T | 2.8% |
| G01B | 0.6% | G06F | 1.5% | G05B | 0.8% | H02M | 1.9% | G01N | 1.0% | H02J | 2.6% |
| G01R | 0.5% | B65H | 1.4% | B23H | 0.5% | H03M | 1.8% | H05K | 0.9% | H03M | 1.8% |
| H05B | 0.4% | F26B | 1.3% | B23D | 0.5% | H04B | 1.2% | H03K | 0.9% | H04M | 1.6% |
次に、表2からわかる特徴を解説します(6.3.1~6.3.3)。
6.3.1 半導体製造業界業界の共通点と相違点:東京エレクトロン、SCREEN、ディスコ
■共通点(半導体製造への集中)
3社すべてにおいて、技術ポートフォリオの半分以上が半導体の領域に集中しており、非常に専門的な開発環境であることがわかります。
・半導体装置技術(H01L)
東京エレクトロン(1位:72%)、ディスコ(1位:55%)、SCREEN(1位:52%)と、全社でH01L(半導体装置)が過半数を占めています。
これは他の業界(電機や自動車など)では見られない極端な数値であり、業界全体が半導体の開発に注力していることがうかがえます。
・物理的、化学的処理技術を基盤とする技術
東京エレクトロンのC23C(被膜技術:9.4%)やSCREENのB41J(インクジェット・印刷的処理:8.3%)、ディスコのB24B(研削・研磨:22%)など、精密な物理加工や化学処理を装置として実装する技術が基盤になっていることがうかがえます。
■相違点(担当工程の違い)
前工程全般の東京エレクトロン、洗浄のSCREEN、切断・研磨のディスコという感じで注力分野(工程)が異なります。
・東京エレクトロン
H01L(72%)に次いで、C23C(被膜:9.4%)やG03F(露光関連:1.9%)、H05H(プラズマ技術:6.1%)が並びます。
成膜、エッチング、露光周辺といった半導体チップの回路を描くための前工程全般をカバーする物理・化学的開発環境であることが推測されます。
・SCREEN
2位にB41J(インクジェット・記録:8.3%)が入っているのが特徴的で、液体の精密な塗布、洗浄技術の裏付けとして見てとれます。
また、G01N(試験・検査:5.5%)も上位にあり、回路が正しく形成されているかを判定する検査技術にも注力する開発環境がうかがえます。
・ディスコ
特筆すべきは2位のB24B(研削・研磨:22%)であり、完成したウエハをチップ状に切り出し、薄く削り上げる後工程の物理加工が見て取れます。
上位の多くがB23K/Q(加工一般)など、削ることに関連するコードで占められており、機械工学を追求する開発環境が推測されます。
各企業の発明に関する詳細分析記事:半導体製造業界
6.3.2 半導体業界の共通点と相違点:ルネサスエレクトロニクス、キオクシア、クアルコム
■共通点(1位の分野への集中度)
装置メーカーと同様、1位の技術分野への集中度が非常に高いのが特徴です。
・基盤技術としての半導体装置、プロセス(H01L)
ルネサス(1位:50%)とキオクシア(1位:48%)において、H01Lが約半数を占めています。
これは、デバイス(半導体装置)の性能が微細で高度な物理構造の製造プロセスに直結していることによるからだと考えられます。
・計算機、デジタル情報処理(G06F)
3社すべてで G06F(情報処理装置・デジタル計算) が2位にランクインしています(ルネサス13%、キオクシア18%、クアルコム16%)。
半導体がロジック演算やデータ処理を担う役割を持っていることの裏付けであると考えられます。
■相違点(制御 vs メモリ vs 通信)
設計する半導体の用途により技術ポートフォリオに相違があります。
・ルネサスエレクトロニクス(制御)
上位に G11C(記憶装置:5.7%)、H03K(パルス技術:2.8%)、H03M(変換・符号化:1.8%) などが並びます。
外部からの信号を処理し、精密に制御するための技術(マイコンなど)に集中する開発環境が推測されます。
・キオクシア(メモリ)
1位の H01L(48%)に加え、G11C(記憶装置:17%) や H10B(特有の構造を持つメモリデバイス:3.3%) が高い割合を占めています。
膨大なデータをいかに小さく、大容量に保存するかというストレージ技術に集中する開発環境が推測されます。
・クアルコム(通信)
他2社と全く異なるポートフォリオです。1位は H04W(無線通信ネットワーク:36%)、H04L(デジタル情報伝送:8.7%)や H04N(画像通信:7.1%)など、通信規格に関連する技術が中心です。
H01L(6.7%)の順位が低く、製造プロセスよりも通信プロトコルやシステム設計に集中するファブレス的な開発環境がうかがえます。
各企業の発明に関する詳細分析記事:半導体業界(2)、半導体業界(3)
6.3.3 半導体製造業界と半導体業界の2業界の共通点と相違点
■共通点
・半導体装置、プロセス(H01L)
装置メーカー側は東京エレクトロン(72%)を筆頭に全社で過半数を占めています。
製造メーカー側もルネサス(50%)やキオクシア(48%)において最大の注力分野となっています。
技術の核が半導体装置、プロセス(いかに微細な回路を正確に作るか)にあることは揺るぎません。
■相違点
・半導体製造装置業界
技術の重心は物理・化学的プロセスにあることがうかがえます。
C23C(被膜:東京エレクトロン 9.4%)やB24B(研削・研磨:ディスコ 22%)など、物質を「積む」「削る」「洗う」ための物理的・化学的な領域に集中しています。
プラズマ(H05H)や光学(G03F)といった物理現象をいかに装置として制御するかに重きが置かれていることも推測されます。
・半導体業界
技術の重心はチップ内の論理構造にあることがうかがえます。
装置メーカー側にはほとんど現れないG11C(記憶装置:キオクシア 17%)やH04W(無線通信:クアルコム 36%)が上位を占めます。
「記憶する」「演算する」「通信する」といったチップが最終的に果たすべき機能をどう回路設計で実現するかが主戦場だといえそうです。
特にクアルコムのように製造(H01L 6.7%)よりも通信プロトコルを重視するファブレスの存在は装置メーカーとの最大の違いに挙げられます。
以上、統計的な情報からは業界間の共通点、相違点が見えてきました。
6.3.4 半導体製造装置業界と半導体業界の2業界の共通点と相違点(まとめ)
上記情報を鑑みつつ、各業界の研究開発職の共通点・相違点のうち、優先度が高いと考えられるものをまとめました。
あくまで一例です。
<表3> 推測される研究開発職の共通点・相違点の一例
| 業界共通的な専門分野 | 半導体製造装置業界が重視 | 半導体業界が重視 | |
| 専門分野の例 | ・物理学(微細加工) ・材料工学(電子材料) |
・機械工学(精密機構) ・化学工学(成膜・洗浄) |
・電子工学(回路設計) ・情報工学(ロジック、通信) |
| 業務内容の例 | ・微細化プロセスの開発 ・歩留まり改善、品質改善 |
・精密加工装置の設計、開発 ・物理、化学的な処理プロセス |
・LSI/メモリの回路、構造設計 ・アルゴリズム、制御ソフト開発 |
| 特徴的なFI | ・H01L(半導体装置) | ・C23C(被膜技術) ・B24B(研削・研磨) |
・G06F(情報処理) ・H04W(無線通信) |
7.最後に
本記事では10年間の特許情報から半導体分野の技術ポートフォリオと研究開発職の相違を分析しました。
これらの相違は、エンジニアのキャリアを左右する重要事項になるかもしれません。
本記事を通し半導体分野における各業界の内側を想像する一助となれば幸いです。
8.次に何をすべきか迷っている方へ
この分野で就職・転職を考えている方へ
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<出典、参考>
・特許情報プラットフォーム(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)にて公開されている情報
・会社四季報 業界地図2024年、2025年、2026年版 東洋経済新報社
<留意事項>
・本記事は、弁理士である管理人の視点で特許情報を独自に分析したものです。
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