この業界は私が以前に転職し、働いていた業界です。
転職前は文系出身者しかいないと思っていました。
しかし、思った以上に理系出身者がいました。
損保業界で理系出身者が何をやるのでしょうか?
私は恩師の紹介でこの業界に転職したので、何をやるのか入ってみるまで全くイメージが湧かなかったです。
しかし、特許情報からこの疑問に対する一つの答えを出すことができます。
特許情報は企業の開発情報そのものだからです。
損保業界において、どのような分野のどのような開発がおこなわれているのか損保大手3社の特許情報を調べてみました。
また、それぞれの開発に関連する専門についても紹介します。
1 業界サーチの概要
業界サーチは、業界における主要企業の特許情報から、その業界の企業がどのような開発をおこなってきたのか、客観的な情報を導き出そうとするものです。
特許分類(後述)からは、その特許に関わる開発の主な技術分野がわかります。
すなわち、その企業の開発職においてどのような専門性が求められるのか特許情報から推測できます。
2 損保業界
2.1 損害保険業界とは
ここでは、法人や個人に発生する可能性のある損害に備えるための保険商品を提供する業界を意図します。
簡単に言うと、「偶然の出来事で損害が生じたときに保険金が助けてくれる仕組み」を作り、その仕組みに関わる保険商品を販売している業界です。
自動車事故、火災、地震、賠償責任、事業中断などさまざまリスクが業務に関係します。
なお、生命保険は対象にしていません。
2.2 サーチ対象
以下の大手3社を対象にしました。
(1)東京海上日動火災保険株式会社(東京海上)
(2)損害保険ジャパン株式会社(損保ジャパン)
(3)三井住友海上火災保険株式会社(三井住友海上)
この大手グループ国内市場の9割を示しています。
それぞれ上記括弧書内の略語で記載します。
2.3 使用プラットフォーム
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)
3 サーチ結果
3.1 結果概要
3社とも開発イメージは下図のとおりです。
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モノの開発 |
サービスの開発 |
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個人向け |
・保険手続システム
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・運転支援サービス |
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法人向け |
・保険金算定システム |
・コールセンターの効率化 |
モノの開発としては、例えば、保険手続きなどのシステム、保険金算定などのデータ処理システムが挙げられます。
サービスの開発としては、例えば、運転特性の診断を通じて運転を支援するサービス、河川氾濫時に浸水範囲を予測するサービスなどが挙げられます。
モノの開発が同時にサービスの開発になっている場合が多いです。
3.2 出願件数の推移
下図は3社の特許出願件数の推移です。

各社とも、平均すると約10件/年いくかどうかという出願ペースです。
年によって多少件数に差がありますが、どこかが突出しているというほどの差はないです。
3.3 開発の活発度
特許出願件数≒開発の活発度、だと考えるなら、開発部門を有するメーカーと比較すると損保各社の開発はかなり控えめだと言えます。
特許出願が年間10件あるかどうかというのは、製造業と比較するとかなり少ないです(これらの企業の規模感のメーカーなら出願件数はこの100倍くらいあってもよさそうです)。
損保業界は、メーカーのようなモノづくりとは事業形態から組織構造までかなり異なります。
火災や自動車事故など各種リスクをカバーする保険商品というのは、それ自体で技術的に差別化し、それを特許で保護するというのは難しいです。
そのため、必然的に特許出願件数は少なくなるのだと考えられます。
3.4 主な開発分野
特許出願件数が多かった技術分野を以下に示します(下図)。
各記号は発明の技術分類をあらわします。

分類参照:FIセクション/広域ファセット選択(特許情報プラットフォーム)
金融などビジネス目的に適合したシステム(例えば、保険取引システム)などがこれに該当します。
東京海上からの出願が多いです。
コンピュータでどうデータを処理するかというアルゴリズム(例えば、リスク評価のためのプログラム)などがこれに該当します。
三井住友からの出願が多いです。
交通の監視、制御、または安全性に関わるシステムや技術(例えば、事故検知システム)などがこれに該当します。
保険の申込用紙や記録用紙の読取りや契約内容の変更、ミスチェックなどがこれに該当します。
検索結果は、G06QとG06F、すなわち、保険に関わるシステムやプログラムが大半であり、3社とも、メーカー的なモノづくりというよりサービス提供につながる仕組みづくりに注力していると考えられます。
3.5 メガ損保3社の近年の開発トレンドと求められる専門の例
特許情報の出願年数が新しいほど、その企業の開発実態を反映していると言えます。
ここ10年のトレンドは以下のとおりです。
発明の主要な技術分野(筆頭FI)の出願年ごとの出願件数です。
出願件数が少ない技術分野は除外しています。
発明の説明は、必ずしも特許請求の範囲を完全に表現したものではありません。
関連する専門分野の例はあくまでイメージです。また、専門の概念レベルを必ずしも同一レベルで表示してはいません。
特許は難解ですが、GeminiやChatGPTなどのテキスト生成AIを活用すると簡単に解読できます。以下の記事を参考にしてください。
(1)東京海上 |開発トレンドと専門性

上記3.4に出てこなかった分野が伸びています。
具体例として交通事故の分析装置が挙げられます。
従来の事故分析では車両に搭載されたカメラ映像の解析が中心でした。
これに対し、事故車両のカメラ映像に加えて事故現場の位置データや三次元マップデータを活用し、運転者と相手方の視界をより詳細に再現する分析装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7089103/15/ja
具体例として車両事故発生時の情報処理が挙げられます。
従来の事故発生時の対応は顧客からの連絡を待ってから対応を開始することが一般的でした。
これに対し、事故発生時に車両から特定の情報を取得し、保険会社が迅速に事故状況を把握し、適切な対応をおこなうことができるようコールセンターのオペレータの端末に表示するようにする情報処理方法が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2017-046125/11/ja
具体例として事故分析装置が挙げられます。
従来の事故分析装置では車両の転倒や運転者の飲酒といった状況を正確に判定することが困難な場合がありました。
これに対し、車両がそなえるセンサやカメラで取得した情報の精度が車両の転倒によって低下しないよう、転倒後の加速度データは分析から除外することで事故状況の分析精度を向上させた装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7140895/15/ja
具体例としてドライブレコーダが挙げられます。
従来のドライブレコーダは単純に加速度が閾値を超えたタイミングで映像を記録するため、実際の事故とは関係のない場面も記録されてしまうことがありました。
これに対し、前後方向と上下方向の加速度の最大値を複合的に判断して短時間の間に大きな衝撃を受けたと判断した場合にのみ映像を記録する仕組みにより、正確に事故発生時の映像を記録するドライブレコーダが開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2023-133380/11/ja
具体例としてコールセンターの効率化を目的とした情報処理装置が挙げられます。
従来のコールセンターでは案件の難易度や重要度を考慮せず、すべての案件を経験の浅いオペレーターが対応する場合がありました。
これに対し、案件のコストや複雑さといった条件にもとづいてキーパーソンへの通知が必要かどうかを自動的に判断し、より高度なスキルを持つオペレータに適切な案件を振り分ける情報処理装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2024-036110/11/ja
関連する専門分野の例:情報科学(DB設計)、人間工学(業務分析)
(2)損保ジャパン|開発トレンドと専門性

出願件数が増加傾向にある技術分野は見あたりません。
G06Qのみ一定程度出願が継続しています。
具体例として支払対象外可能性判定装置が挙げられます。
従来の保険金査定は担当者の経験と勘に頼るところが大きく不正請求を見逃してしまうリスクがありました。
これに対し、過去の請求データからさまざまな要因(請求内容、顧客情報など)と不正請求との相関関係を分析し、その結果を現在の請求に当てはめることで不正請求の可能性が高い請求を判定する装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-055946/11/ja
関連する専門分野の例:情報科学(データマイニング)、統計学
(3)三井住友海上|開発トレンドと専門性

出願の多さは出願年によってばらつきがありますが、G08GとG06Qにおいて一定程度、出願されています。
具体例として事故判定装置が挙げられます。
従来の事故判定装置では車両に加わる加速度を検知することで事故を判定していましたが、段差やドライブレコーダの落下など実際の事故ではない状況でも誤検知してしまう問題がありました。
これに対し、衝撃だけでなく回転データを併せて解析する事故判定装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-086835/11/ja
具体例として観光コンテンツの経済効果を評価する解析装置が挙げられます。
従来の技術では旅行者の位置情報のみを追跡していました。
これに対し、旅行者の位置情報に加えてスマートフォン上での操作履歴も合わせて分析し、旅行者の行動の詳細を把握し、各観光スポットが地域経済にどの程度の貢献をしているのかコンテンツの経済貢献度を評価する解析装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2023-062299/11/ja
関連する専門分野の例:情報科学(データマイニング)、経営学(顧客行動分析)
(4)まとめ
いずれの技術分野においても、開発対象は大部分が保険や当該保険に関わるリスクと切っても切り離せません。
こうした分野の研究・開発がこれからもメインとなることが予想されます。
3.6 共同出願人との開発例
共同出願人からはビジネス的結びつきがわかります。
技術によっては、開発をアウトソーシングしている可能性もあります。
各社の共同出願人(複数件の出願をおこなった出願人)は以下のとおりです。
共同出願人が筆頭出願人(願書の【出願人】の欄の一番上に記載された出願人)になっているものをカウントしました。
(1)東京海上
出願件数トップの共同出願人は東京海上ディーアール(旧社名の東京海上日動リスクコンサルティング含む)です。
共同出願の例として事故情報表示装置が挙げられます。
従来の事故情報表示システムでは事故車両から取得したデータの種類にかかわらず、一律の情報を表示していました。
これに対し、データの送信元となる機器の種類(例えば、スマートフォンやドライブレコーダーなど)に応じて、表示する情報を切り替えることで、オペレーターがより迅速かつ正確に事故状況を把握できるようにした表示装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2024-036472/11/ja
従来は車載装置とサーバ間のパラメータ同期は常時行われることが多く、電力消費が大きくなるという課題がありました。
これに対し、車載装置の起動時のみパラメータを同期することで不要な通信を削減して電力消費を低減する装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2022-124920/11/ja
従来の災害情報システムは災害発生直後の状況把握に重点が置かれていました。
これに対し、地震などの自然災害が発生した場合に国や自治体から提供される支援制度を利用することができるか否かを災害発生から複数の異なる経過期間に対応したデータベースを保持し、時間経過に応じた最適な判定をおこなう情報処理装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7110506/15/ja
| 東京海上ディーアール | 20件 |
| デンソーテン | 3件 |
| アビームコンサルティング | 2件 |
| 東京海上日動調査サービス | 2件 |
| 富士通 | 2件 |
(2)損保ジャパン
上記(1)では東京海上が東京海上ディーアールと多く共同出願していましたが、損保ジャパンの場合、そのような特定企業との多数の出願はありません。
その時その時で外部企業と協業しているイメージです。
従来のナビゲーションシステムでは事故件数の情報が表示されていても運転者が自らルートを選択する必要がありました。
これに対し、交差点ごとの事故件数に基づいてルートの危険度を数値化して安全なルートを自動的に探索し、最も安全なルートを案内するナビゲーションシステムが開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2018-066630/11/ja
従来のマッチングシステムでは販売者と購入者の希望条件が完全に一致する相手を探すことが難しく、マッチングに時間がかかるという課題がありました。
これに対し、販売者と購入者の取引条件の部分一致を許容することで、より多くの取引機会を生み出して売買を効率化させるマッチング装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2021-160767/10/ja
従来のポイントサービスは各企業が独自に運営していて会員は複数のポイントカードを持ち歩く必要があり、ポイントの交換にも時間がかかっていました。
これに対し、複数の企業が提供するポイントサービスを一元管理し、会員が一つのアカウントで複数のポイントを利用できるポイント処理システムが開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2000-287053/10/ja
| ナビタイムジャパン | 2件 |
| WAND | 2件 |
| ユーエフジェイ銀行 | 2件 |
| 太陽生命保険 | 2件 |
| 大同生命保険 | 2件 |
| つばさ証券株 | 2件 |
| ユーエフジェイ信託銀行 | 2件 |
| フィナンシャルワンカ-ド | 2件 |
(3)三井住友海上
出願件数トップの共同出願人はインターリスク総研と日立製作所です。
三井住友海上にとってのインターリスク総研は、上記(1)の東京海上にとっての東京海上ディーアールと同じ立ち位置の企業です。
従来の浸水範囲の推定は、既存の浸水範囲情報と限られた観測データに基づいて行われており、必ずしも正確とは言えませんでした。
これに対し、浸水範囲の周辺における複数の地点の浸水深を測定し、それらのデータに基づいて浸水範囲を補正することでより正確な浸水範囲を推定する装置が開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7288542/15/ja
従来のリスク管理システムはリスクを数値化したり平面的なグラフで表示することが一般的でした。
これに対し、経営リスクを三次元立体地形図として可視化することで、より直感的にリスク状況を把握して経営判断を下せるように支援するリスク管理データ可視化システムが開発されています(以下URL)。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2005-135107/11/ja
| インターリスク総研 | 4件 |
| 日立製作所 | 4件 |
| あすか製薬 | 3件 |
| JVCケンウッド | 2件 |
| Arithmer | 2件 |
| あいおいニッセイ同和損害保険 | 2件 |
| 野村総合研究所 | 2件 |
| レノメディクス研究所 | 2件 |
| 大日本印刷 | 2件 |
(4)上記(1)~(3)(共同出願人)のまとめ
東京海上と東京海上ディーアール、三井住友海上とインターリスク総研は共同出願件数から開発における結びつきが強いことがうかがえます(数字にはあらわれていませんでしたが、損保ジャパンとSOMPOリスクマネジメントもおそらくそうでしょう)。
それぞれグループ内企業なので当然ではあります。
保険に直接関係するシステムなどの開発が損保各社、保険商品周辺のリスクに関わるサービス開発がリスクマネジメントをおこなうグループ企業という棲み分けイメージになります(ただ、共同での特許出願になった場合はそれがわかりにくくなります)。
4 損保関連の開発に求められる専門性
上記3で示した特許分類≒開発人材に求められる専門性、だと仮定します。
上記各特許情報には以下の人材が関わっていると言えます。
・事故、災害系のリスク分析、評価ができる人材
これに関わる人材は、電気、機械、土木、化学など何か一定の経験を有する人であれば誰にも当てはまるところがあります。
例えば、化学のバックボーンを活かして工場爆発などの災害問題に取り組むイメージで、そのような業務の結果で権利化できそうなものが特許出願されたと考えることができます。
ただし、上記特許出願にあたっては、共同出願者やその他事業者に技術をアウトソースしている可能性もあります。
5 まとめ
損保3社とも技術分野はほぼ同じで、保険商品に関わる問題や保険周辺のリスク(災害、事故、その他様々なリスク)が特許の対象になっていました。
特許出願件数自体は少ないですが、上記特許の対象に関わる研究、開発はそれなりに盛んであることがうかがえます。
また、そのような機能の一部をグループ内企業や外部企業が担っている場合もあることが共同出願から推測されます。
本記事の紹介情報は、サンプリングした特許情報に基づくものであり、企業の開発情報の一部に過ぎません。興味を持った企業がある場合は、その企業に絞ってより詳細を調べることをおすすめします。
参考記事:1社に絞って企業研究:特許検索して開発職を見つける方法4
以上、本記事が少しでも参考になれば幸いです。
<出典>
特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)に係る図:独立行政法人工業所有権情報館・研修館(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)
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